マタニティー・ヨガ・セッション [マタニティー・ヨガ(リラクゼーション)☆彡]

今日は、マタニティー・ヨガのクラスを受けてきました。
昨日の夕方から夜中まで、今までで一番お腹が張ってお腹ガチガチ。
下腹部から帯状に、腰、さらには背中まで、淀んだように重く重く痛く、マタニティー・スイミングで習っている痛み逃しの呼吸法なんぞ利用してみたり。
陣痛が痛い言うても、なんやかんやで水泳教室のみんなが乗り越えていっている。
緊急帝王切開になった人たちもいるし、予定日よりかなり前後して突然破水した人たちもいる。
みんながスゴイところは、出産の当日や翌日には、赤ちゃんの写真とともにメールを送ってくれること。
時系列にきちんと何がどうなったかとか、どうして帝王切開になったかとか、ラマーズ呼吸をいつどう使ったかなどを教えてくれ、さらにみんなが異口同音に、
「まだ体はボロボロやけど、母子共々元気です d(>_<)グッ!!」
と結んでいること。
それで、わたしもいつのまにか妙に度胸が据わって、きっとなるようになる、と楽観していました。
今からあれこれ心配していても、不安は際限なく湧いてくるだろう。
蓋を開けてみなくちゃ分からない。
大まかな航路を決めて準備しておけば、あとは準備した手持ちのカードや小道具で、あれこれ切り抜けるしかないよね。なんとかなる。
出産は永遠には続かないけれど、ミニわらの育児は今後も続くもの。
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昨夜の、立ち上がれない痛みは、やばかった・・・・・・。
お腹がガチガチしただけでこんなにぜーはーしていて、陣痛はこんなもんちゃうやんね・・・・・・(#¬_¬)
と、初めて現実味を帯びた不安の雲が襲ってきましたが、今考えてもしょーがない、て、あっさりと雲を吹き飛ばせたのは、わたしが変わったと実感。
それができたのは、ヨガの精神を学び始めたからかもしれません。
それだけではなく、ヨガに関心を持てるまでになる道のりは遥か長かった、その全部のおかげかとo(*^▽^*)o
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マタニティー・ヨガの先生は、穏やかで静かな情熱を秘めた、落ち着いた女性。秋の山の、落ち葉を積もらせた温かい土みたいな雰囲気です。
街中を歩いていたら、人ごみにふっと紛れてしまう、地味で素朴な自然体。でも、夏の盛りを過ぎたあらゆる動植物たちが戻ってくる、山の土みたい。
セッションの内容は、腰痛や足のむくみ、こむらがえりの予防や緩和、安産のための関節の柔軟、大きく重くなるお腹を支える足首と下肢の筋力トレーニング、冷え解消、などの、お産に関するさまざまな症状に対応するポーズと、リラクゼーション、心のあり方の瞑想、などから成ります。
今日、一番効いた~ヾ(≧∇≦)〃 のは、
マットの上に腰を下ろして、左右に開脚した姿勢から、お腹の赤ちゃんの袋を大事大事に守りながら、床すれすれまでとことん前屈。
両腕を心地よ~く遠くへ伸ばして、ゆりかごを揺らすように、背中と腰を感じるままにゆらりゆらりと揺らすストレッチが、
きゅ~(>▽<)
と、気持ちよかったです。
これを続けたら、腰痛・背部痛、楽になりそう。
血の巡りが停滞して、冷えているような背中が、少し生き返ったみたい。
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今までのセッションで、印象に残っている先生のお話。
「出産は、新しい命をこの世に送り届ける、女性にとって最大のエクスタシーと言われています。」
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正直、一年前まで、出産や子育てとは無縁を通り越して、嫌悪感すら抱いて、意識的にも無意識的にも回避していたわたし。
母性本能とか、そんなもんまーったく信じていなかったし、それはほんまに都合のいい幻想の言葉だと思っていました。少なくとも、わたしにはゼロだと、ポリシーを持って断言できました。
激しい憧れ、羨望もあったし、なんとなくの生理的嫌悪感もあった。
Sとんが赤ちゃんを産んだ時、わたしの質問は、
「お産、痛なかった(T∇T)???」
Sとんは、
「この子に会いたい一心で、痛みは予想ほどでもなかった。
H君(旦那さま)によると、すんごいうめき声出してたみたい。
廊下で待ってた親にまで、わめき声聞こえてたらしくてね~、
(*^ - ^*)ゞ」
ふーむ・・・・・・。
わたしには到達できひん境地やなぁ・・・・・・と、しみじみ、彼女が先に遠ざかって行くだけでなく、別世界に行ってしまったようにもちょっぴり感じたその時。
あれからいろんなことがあった数年間を経て、ヨガの先生の言葉を、こんなふうに感じました。
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「女性にとって」
わたしが女性であることは、セックスとしてもジェンダーとしても、逃げられないし避けられないし、否定しても限界があることでした。
だから、受け入れて、わたしという個人は生きていくしかなかった。
たとえ最初は消極的でも。
別に男性になりたかったわけではないけれど、女性として生まれて良かったと、素直に思えたことはありませんでした。
生まれ変わるなら絶対に男を選んだけれど、男性に対する嫌悪感もあったし、そもそも生まれ変われるなら、とっくの昔にそうしているよ、ってため息こぼしていた。性別に縛られること自体が、憂鬱だった。
だから、中性が良かった。
でも、紆余曲折を経て、考え方を少しずつ変えていかねば生き難かったし、変えていける力をみんなからいただきました。
個として性が切り離せないのなら、受け入れるしかない。
受け入れるために変えられるわたしのあり方は何だろう。
そして、受け入れて、その面で随分と解放された今だから、「女性にとって」とは、セックスやジェンダーを越えた女性性そのものを自然のものとして受け入れた、一個人だと捉えました。
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「出産は、女性にとって、最大のエクスタシー」
すべての女性が出産を望むわけではないことはよく知っています。
望んでも、授かることが奇跡だということも、よく感じています。
もちろん、子供を生む、生まない、生んだ、生まないが、その人の存在や価値を左右するわけでは決してありません。
わたしは今、我が子ミニわらをいとおしく愛している心を抱いているけれど、ミニわらはあくまでもわたしとは別の人格に育つべき、わたしとは違ういのち。
だから、ミニわらの存在が、わたしの全てではないし、それは誰にとってもそうだと思います。
親友N嬢が、
「涙を流しながらも前は向ける。」
というタイトルで送ってくれたメールには、我が子が自分の体の中で静かに息絶えても、親である彼女には何の体調面での不調はなかった、自分を何一つ苦しめずに静かに去っていった我が子が不憫だ、親と子は他人なんやと痛感したと、綴られていました。
彼女は常々、結婚前から、結婚後も、「子供は立派な他人や。」と言っています。
わたしも、そう思う。
分身でも、身代わりでも、誰かの生まれ変わりでも、親の意のままに操れるお人形さんでもない、れっきとした、立派な、一人の別の人格のいのちなんだと。
彼女お薦めのイラン映画「十話」の台詞、
「アミンはママの子だけどママのものじゃないわ。
世界のものよ。世界で生きている。」
だから、「最大の」であり、「最高の」ではない。
いのちの奇跡を慈しみ、育むことができたすべてに感謝をし
(そう、確実に一度は心臓が止まったわたしが今生きていることも、ミニわらを育んでいることも、わたし一人の手柄ではまったくありえない)、
わたしたちに何かポジティブなものを感じさせてくれるこの世界の存在に気づく時、
一人の、一個人の、宇宙全体の一つのいのちとして、新たな奇跡を生み出すという「最大の」エクスタシー、忘我、語源のギリシア語の意味、魂が世界を超えてある状態、
であるのだろうと思います。
受精卵として命を生み出す奇跡には、残念ながら、感じることができないから・・・・・・。
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以前は、わたしは科学の子~♪
と豪語していたけれど、それだけでは生きるのはきつかった。
古今東西、人間の集まるところには、頭でっかちになったアンバランスな生き物人間が忘れがちなものが、特別に保存されて、脈々と受け継がれているのかもしれません。
マタニティー・ヨガ [マタニティー・ヨガ(リラクゼーション)☆彡]

かつてのわたしがそうだったように、結婚とか、妊娠とか、子育てとか。自分には無縁なんだ、直視するにはつらすぎる、諦めているけど、仕方ないけど。
でも、見かけただけで、耳にしただけで、涙が出るよ、どうしたらいいの。
そんな人にはつらすぎるとよく知っていますが、もし今、そうではないニュートラルな心境で、何か、自分の心のあり方に上手く向かい合えないなぁ、とか、今、赤ちゃんがいるとか、または、もう出産・子育ても一段落ついて、再び命を宿していたときの気持ちを思い出してみるのも今の自分に何かを気づかせてくれるかもなぁ。
そんな方で、興味があればお薦めなのが、
『DVD付 マタニティ・ヨガLesson』
です。
わたしも早くも妊娠7ヶ月目に入りました。早い。早すぎます。
最初は体の変化についてゆけず、ますます言うことを聞かなくなった体と、理由不明な感情の不安定さには正直閉口したけれど、マタニティースイミング教室に通い出してからは、年齢も職業も何も問わない、いろんな背景の友達ができて、彼女達のそれぞれの前向きさが、わたしの視野も広げてくれています。
親になるのは、ある日突然なれるのではないとしみじみ思います。
日々の心がけを重ねて、重ねて、自らも親へと育てられるもの。
他の、人間としての成長同様に、赤ちゃんやパートナー、家族、友人、産婦人科の先生、助産師さんたち・・・・・・いろいろな人とかかわり、交わって、習得して成長してゆくものだと感じています。
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先週の金曜日に、一緒に泳いで食事をしたCちゃんやYちゃんは、もしかしたら今頃、お産中かもしれない。Aさんも。
Mちゃんからは、水泳教室の前日にメールが届きました。
予定日より二週間前に、何の前触れもなく、突然破水したそう。
でも、
「母子共々元気で、安産でした(^_-)-☆ 」
と、なんと出産の数時間後には、かわいい赤ちゃんの写真と共に、メールを送ってくれたのでした。
親友Kちゃんは、全前置胎盤で出血してしまい、出産前後に通算半年近く入院。子宮収縮抑制剤を点滴しながら、安静生活を続けていました。
そんなKちゃんは、正期産に入るまで、
「この子が一日分でも大きくなるまで、一日でも長く、もたせたい。」
と、よれよれしながらも気力を保ち、帝王切開まで漕ぎつけました。
出産後は出血が止まらずに、赤ちゃんと一緒に退院できず、病院に取り残されてしまいました。
彼女と出会って、互いの人生の半分近くになります。
彼女は繊細で、良くも悪くも神経質で、頼りないわたしの方がなんだか彼女を励ましていた十代を過ごしたような気もするけれど
(そうでもないか(^_^;))、
人はいつでも、何歳になっても、変わることができ、学び続けることができ、成長をしてゆくものだね、なんて、今、語り合っています。
「私ね、この子が大きくなって、自分がどこから生まれてきたの?
って尋ねるようになったら、
ほれっ、ここからだよ~d(>_<)グッ!!
って、この傷見せてちゃんと話してあげたいわ。」
ニキビの痕が消えない・・・・・・と、十代の頃どっぷり沈み込んでいたKちゃんが、芯から強くなったと思う。
仕事や結婚観、子どもを産むということ、自分の親との関係などなど、あれこれと共通の悩みを語り合ってきたわたしたちが、今。
以前は女性の生き方として安易ではなかろうかと思っていた生き方から、自らの心磨き、温かさ探しをし、弱いだけの優しさでもない、無神経なだけの強さでもない、しなやかな弾力をもった生き方を模索して学習している気がします。
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わたしが想像していた安産は、予定日から大きく外れることなく、痛みの程度も想定内で、母子共々健康で・・・・・・、そんな姿でしたが、そうではないんだね、と気づき始めているこの頃。
こんなふうに、命の産み方に優劣はなくて、命を育み、生み出し、育て育てられる過程から、自分が何を気づき、広め深めてゆくかが大切。
そんな考え方に基づいた「マタニティー・ヨガ」の本が、
『DVD付 マタニティ・ヨガLesson』
です。
DVD付のマタニティ・ヨガの本は、この本の他は一冊しか使っていないので、二冊で比較するしかないのですが、このスタジオ・ヨギーの本は、良くできていると気に入っています。
DVDのインストラクター、カオさんの語りが実に良い。
本もDVDも、優しいカラーで統一されていて、簡潔かつポイントは丁寧に紹介されています。
DVDは、
呼吸法とリラクゼーションを中心とした30分コースと、
ポーズとリラクゼーション、瞑想を中心とした60分コース
から成っています。
ゆっくりとしたペースで、呼吸や意識すべき筋肉、イメージなどの語りに合わせて、DVDを見ながら一緒にヨガができます。
カオさんの語りで、呼吸法がわたしの心のあり方に大きく影響すること、いかに普段、自分の体の隅々にまで意識が向いていないか、ちょっとした注意を払うだけで、体の不要な力が抜くことができることなどなど・・・・・・、妊娠とは関係なく大切なことを学ばせられる思いです。
そっと、自分の中の平穏さ、優しさ、感謝など、忙しかったり心がそんなふうにはなれないときには気づきもしなかったことが、少しずつ染みてくる感じ。













