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もう、オリオン座が西の空に [星に願いを☆]

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インターネットがなくても生活できるような、生活になりました。実際、週に1回、パソコンを起動するかしないかです。

今でも、初代のブログで出会った皆さんのことを、しばしば考えています。ブログをやめてしまったひともいるし、続けているひともいるし、他のブログに引越ししたひともいます。苦しくて胸が常に痛かったあの頃、ふっといろんなことを思い出しそうになって、慌てて
「考えない」
と言い聞かせつつ、あの頃を思い出したりします。

わたしは、インターネットがなくても日常を送っていますが、空を見上げながら、どこかにいる誰かのことを思ったりしています。

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最近、わたしは、お地蔵ちゃんが39℃以上の発熱が続いたり、発疹が出たりしたので、小児科以外は家にこもっていました。

お地蔵ちゃんの看病(=抱っこ)をしていたり、かと思うと、靴を履いて歩き始め、
「ち~。」「ち~。」
と興味あるものを指差して、人差し指一本で親をこき使うお地蔵ちゃんの相手を、とことんしたりしています。

大好きな犬がやってくるからと、大急ぎでお散歩中のワンワを追いかけて見せてあげます。その犬が行ってしまった後も、延々と
「ワンワ、ワンワ。」
と叫ばれ泣かれ、しもたっ、と思ったりします。別の犬のお散歩を見つけていそいそと近づくと、犬ではなくて飼い主さんを指差して、
「ワンワ、ワンワ。」
と面と向かって叫ぶのは、いつものことです。

気を紛らわせようと、鳥さんを見よう。パンを撒いたら、オソロシイ大群の鳩に囲まれ、腕や肩に止まられてしまいます。引きつりそうな動悸を隠しながらも、笑顔で
「ポッポッポ~ハトポッポ~♪」
などと歌い、ああ、母は強し。

わたしはやがて、近い将来に、満面の笑みのお地蔵ちゃんがわたしのこの手に手渡してくる、カタツムリやらダンゴムシやらナメクジやらミミズやらにも、笑顔で接する免疫がつくんだろうか、などと思ったりしています。ぞぞぞぞ。

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わたしは、二年前よりは別人のように元気です。
でも、回復した方が多いけれど、一年前より体調は悪化した面もあります。自力で眠れさえすれば、根性、気力で、もうちょっと体がもつとは思うので、残念です。

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同時に、死ぬのが怖くなりました。

怖くなかった、というより、むしろ、もう休んでも罰は当たらないだろう、とまで思っていました。

人生の半分を睡眠薬なしでは眠れない生活を送り続けていると、それだけで、自分は生物として致命的な欠陥があるのだと、今でも思っています。

「眠れないからと言って死ぬわけではない。」と言う人は、眠れるから、言うのです。

眠れない人が、元気はつらつで睡眠を必要としていないわけではまったくありません。睡眠薬で意識を消失しても、目覚めたら疲れが取れているわけではありませんし、気分が爽やかになっているわけではまったくありません。

わたしは、歯も磨けない、顔も洗えない、立ち上がることも困難になっても、薬なしでは眠れません。薬が効くようになっただけ、とても救われました。

深夜、愛してやまない我が子の寝息を耳元に、ただ一人自分だけが眠れない。そんな夜を重ねるうちに、自殺は夜間に多いのではないか、そんな統計を調べたくなりました。夜間は、社会がお休み状態で、たとえ隣に人間がいても、眠れぬ人間は真っ暗に孤独なのです。

それでも、わたしは死ぬのが怖くなりました。

この幼子を遺して、この子がどんな人間になるのかを見届けることもできない。寂しい時に、温めてあげることもでいない。

それに。
わたしは、死に際に思うことが決まっています。
「わたしの人生、いったい、何だったんだろう。」と。

わたしは、眠れない夜がくるたびに、裂かれそうに孤独です。我が子が腕の中にいても孤独を感じることに、胸が痛くなる罪悪感を抱えています。それでもやはり、涙は素直です。

それでも。朝がくるたびに、仮面をつけて、外に出ます。

お地蔵ちゃんと二人きりの島に流れ着いたら、世間体や社交辞令の仮面なんて、お地蔵ちゃんと一緒にビリビリビリ~とやぶって遊んじゃうんだけれど。

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一昨日の夜、彼君にお地蔵ちゃんの寝かしつけを頼んで、病院に行ってきました。

病院には、理想的に水草が繁って、30匹以上のエビとモノアラ貝もいる、魚の水槽がありました。金魚が大好きなお地蔵ちゃん用に、「ワンワ・マップ」同様に「金魚・マップ」を作成中のわたしは、いっそのこと、金魚を見せることができる家を探し回っていないで、自分で飼ったらどうだろう、と思い始めたのでした。その実、わたしは子どもの頃から金魚などを飼うのは好きで、すぐに死んでしまうと言われている金魚すくいの金魚を十数年以上育て上げ、近所の人たちには、鯉だと思わしめたこともあります。

薬局での待ち時間、彼君から、お地蔵が寝た、という驚きのメールがきました。わたし(=おっぱい)がいなくても、眠れたようです。

そこで、ふっと思い立って、産後初めて、実に一年二ヶ月以上ぶりに、一人で喫茶店に入り、一人で静かにメニューの全てのページをめくって、一人でゆっくりとお茶を飲みました。

それでもなんだか、くつろぎきれなかったことに苦笑します。どうも、ばたばたした生活が、肩こりみたいに体に棲みついているようです。

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本当に、お地蔵ちゃんは甘えん坊で、自己主張が激しくて、一人ではお昼寝もしなくて、世界のど真ん中にちんまりと自然に鎮座しております。あまりに当然、といったふうに世界のど真ん中に居座っているので、お地蔵ちゃんの黒目が見える間は、パソコンではなくお地蔵ちゃんに向かい、黒目が閉じたわずかな間に、その他の日常生活をしたりするわけです。

それでも、なんやかんやで、毎週土曜日の朝日新聞「悩みのるつぼ」と、フィギュアスケートは欠かさずに見ていたりします。無理矢理、時間を搾り出したので、いろんなガタがきていますが、それでもいいのです。

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喫茶店の帰り道、思い出したように夜空を見上げました。

こんな時間にもう、オリオン座が、南中より西に傾いていました。きりりと東に上るオリオンを、今年も見ることができませんでした。

ずっと前、と言っても、数年前ですが、子どもと一緒なら、夜空をたくさんたくさん見上げると思っていました。

でも、見上げないうちに、オリオンは西の空へ薄れゆきます。

次の冬、次の次の冬、もしかしたらそのまた次の冬。

幼き子が頭ひとつ分大きくなって、「お星さま、こんばんは。」

そんなふうにお話して、お手手つないで一緒に空を見上げる。

まだ背丈の低い我が子の横にそっと座り込んで、お星さまのお話をする。

そんなふうに、夜空を見上げることができるのは、いつだろう。

そんな晩が、きますように。

そんな晩に、温かいしあわせを感じて、今夜のことも、思い出となって星空に消えますように。

この子が、これからも素直で元気でいますように。

冬の終わり、春の準備を整えている夜空を一人見上げながら、なぜか、高校時代の学校帰りにいつも見たオリオン座や、リハビリで毎晩毎晩泳いでいたプールの天窓から見える、星々を、思い出していました。あと何度、わたしには季節が巡るのだろう。

ゆらめく星空のように。ゆらめく水草のように。泳ぐように、肌全体が潤うように、大切なひとが、眠れますように。




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